ヨコハマと私

2013年5月8日

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 この仕事をやっているとお互いに初めての方としょっちゅう会うわけで(しかもそのままライブ本番とか日常茶飯事),その時によく訊かれるのが「ご実家はどこ?」という質問です(私もよく訊きますが)。私の両親は広島に住んでいるので私も年末年始は広島に帰っていますが,では私の実家は広島なのかと言うとそうではありません。では両親が広島の出身なのかというとそういうわけでもなく父も母も山口県の出身です。ではプロファイルに「大阪府生まれ」と書いてあるので大阪が私の実家なのかというとそういうわけでもなく,たまたま私が生まれたとき父が勤めていたのが東京の会社の大阪支店だったというだけの事です。しかも大阪に住んでいたのはたった4年で,以降は家を出るまで奈良→東京(国分寺)→東京(杉並)と移り住んできました。要は生まれた時から父の転勤に伴って会社の社宅を転々と移り住んできたので,私には実家とか生家というものが存在しないんです。でもまぁ今では広島が私の実家みたいなもんですし,長く住んでいた奈良や西荻窪も私にとって懐かしい地ですし,「帰る場所の無い人」的な悲壮感は今のところ私にはありません(笑)。

 親許を離れたあとは横浜市港北区で一人暮らしを始め,以後市内で3回引越しを重ね15年間も横浜市民をやってきました。故あって一年前に藤沢市に転居しましたが,実際にプロ活動を始めてからの自分はずっと神奈川県民だったわけで,殊に横浜は私にとって慣れ親しんだ街であり,今でも近所ですから殊更懐かしくはないですが本当に色々な思い出の詰まっている街である事だけは確かです。

 ちなみに何故最初の一人暮らしに横浜を選んだのかというと,通っていた(=辞めた)大学の近所に住みたかったからです。在学中の私は音楽サークルにどっぷり浸かっていたので,学校の部室や練習室で朝から晩まで練習していたわけです。学生でなくなってもOBとして出入りは出来ますから,学生や他のOBとセッションするためにはキャンパスのある横浜市港北区が便利だったのです。

 一方,横浜のみならず日本を代表するジャズ・ライブハウス,モーション・ブルー・ヨコハマの開業は今から11年前の2002年だったそうです。実はこれ,たった今web上でリサーチしてきた情報なのですが(笑),私は実はもっと前からあったんじゃないかと勝手に思っていました(’96年くらいとか)。でもそれは,ひょっとしたら移転して広くなったブルーノート東京と勘違いしていたのかもしれません。ともかく私は移転前の狭かったブルーノートにも,移転後の広いブルーノートにも,そして横浜に新しく出来たモーション・ブルーにも何度も客として足を運びました。最初にブルーノート東京を訪れたのはおそらく1993年頃のミシェル・カミロ・トリオだったと思います。6弦ベースのパイオニア,アンソニー・ジャクソンの演奏を一度生で見たいと思ってサークルの友人と行ったのですが,CDよりも恐ろしいプレイをするアンソニーを見て顎が外れそうになった記憶があります。ブルーノート移転前というと私も学生でしたから当然お金もなかったですが,それでもアンソニー・ジャクソンが来日する度に何とか小遣いをやりくりして見に行ったのは懐かしい思い出です。

 初モーション・ブルーの時は確かニューヨーク・ヴォイセスの公演でした。新ブルーノートよりも一回り小さいステージにヤマハのフルコンサートピアノがもの凄く大きく見えたのが印象的で,メンバー4人のハーモニーはもちろんピアニスト(誰だったか思い出せませんが)のプレイが素晴らしく,ピアノのサウンドも最高だったのを覚えています。食事も勿論申し分なくチャージもブルーノートよりちょっとお得で,自分の家の近所にこのクラスのライブハウスが出来たのが実にラッキーと思えました。そして多分まだ「」を始めたばかりの頃だった私は,いつか自分のユニットでこんなお店に出演できればいいな,と率直に思ったものです。



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 あれからほぼ10年経ち,その間幸運にもモーション・ブルーをはじめSTBやビルボード,ブルーノート系列のお店にいろいろなユニットで出演する機会に恵まれましたが,遂にきたる5/10(金),初めて自分自身のユニットでモーション・ブルー・ヨコハマに出演します。「宴」ではなく(笑),2010年結成のゴスペル・ユニット「AmaKha」の方です。

 今まで様々な理由から「AmaKha」は都内よりも横浜中心でライブ活動を行ってきましたが,今思えば相方である三科かをり女史が横浜の出身であるというのも,一つの巡り合わせだったのかなぁと思います。そう考えると,私達の最初の目標だった「まず作品を一つ出す事」が達成された時に,次に置くべき目標が「モーション・ブルーに出演すること」となる事は必然であったと言えるのかもしれません。そして昨年,「AmaKha」の二人は仕事以外の事でモーション・ブルーさんに大変お世話になる機会があり,その事がきっかけで今回のAmaKhaでの出演をお願いする運びとなりました。5/10は私達にとって,重大な目標が2つも達成される大きな節目の日となったわけです。

 記念すべき初作品「Future Gold」が私達の自信作である事,そして野呂一生さんはじめ素晴らしいゲストの方々に参加して頂けた事は前回のここの更新で書いた通りです。この渾身のCDを先行発売するライブである事は勿論私達がプッシュしたい重要なファクターではあるのですが,それよりも何よりも,まずは私達の生の演奏を存分に楽しんで頂きたいと思っています。最近,ベース工房インナーウッドの木内社長が「最近の若者は音楽を志す奴でもYouTubeで見られるからと言ってブルーノートやSTBに行かないらしい,旨いものを喰いながら生の音を聴く事は金払ってでも経験しないと勿体ないのに…」と仰っていましたが私も同感です。空気を伝わるサウンド,その場で偶然現れるフレーズや音の会話,良いプレイヤーの生の演奏を聴く事は何にも換えられない贅沢だと私も信じています。そして,それが素晴らしい食事と空間を提供してくれる会場ならなおさらであろうと。



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 かつて私がペトルチアーニ・トリオやニューヨーク・ヴォイセスの生演奏で味わったような感動を,少しでも客席に届けられたらミュージシャンとしてどんなに幸せでしょう。

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